大切な日

昨日は父が亡くなって
祥月命日の三回忌

父は夜中トイレに行った時に倒れて
近くにあった携帯から自ら119番

母は救急車のサイレンで何事と思い外見ると家の外に救急隊が来たことに、びっくりして二階から下の部屋に行くと父が倒れていることに母は気付く。

そのまま救急隊と共に搬送され
生命を彷徨う時間だけが刻々とすぎ
検査結果 心筋梗塞と心不全を同時に発症
担当医に言われたのは、手術に耐えれる体力がないと(>人<;)心臓も脳もどちらか手術になれば危険をともなうと診断

母は、救急で搬送される時
近くに住む私に連絡をしようと迷ったあげく翌日私が息子と卒業旅行に✈️渡米するのをわかっていたから、母はおじさんに連絡。

当時私は父が倒れている事も知らず、息子と渡米。帰国してから母の電話で父の事を知り、手の震えとパニックになり慌てて病院へ

倒れて1週間
全身器具につながれてる父の姿
良くドラマでみる光景に現実を受け止めれず

たくさん迷惑かけた私
親孝行してなかった娘
常に心配ばかりかけてきた私

いつも家族の事を一番に考えていた父
母ともよく喧嘩していたけど、けど怒っていても困ったことがあればすぐ駆けつけてくれる父

集中治療室に2週間
一命を取り戻し、器具が少なくなる時
担当医から、今後の治療をどうしますかと
家族で話し合い延命治療をしない書類にサイン

器具が外れた時には、右半身麻痺、飲込みが低下し食事を口から食べる事も困難

食べるのが好きだった父
母は、胃瘻だけは避けたいと。
なんとか口から食べれるようにと願いリハビリ開始。

意識がはっきりしはじめた時
介護される現実受け止めれなかった父
おむつ交換を拒む父
食事の介助を拒む父
思うように体が動かず苛立つ父

救急病院からリハビリ病院へ転移
父は家に帰りたいの思いから、帰れない事を受け止め、他界した仲間の所にいきたいという言葉が増え最後は特養病院に転移

介護タクシーで家の前を通ってもらい父の目からは涙

わたしは仕事を辞めて、毎日父の元へ
体に爆弾を抱えて死を待つ日々のお父さん

1年10ヶ月の闘病生活から天国へ

日頃お参りはするものの
今日は私も思い出を振り返り涙腺がゆるむ

まだ若いと思っていても何があるかわからないだけに、一日一日を悔いのないように過ごしていかなければと思う日でした。

ここ最近終活という言葉が飛び交うようになり、身動きがとれなくなってからではやりたい事も伝えたい事もできない事に父が亡くなって痛感(>人<;)

私はこの時終活セミナーを受講しました。

残された家族の為にも
まだ先は長いと信じてはいるけど
今から少しづつ息子たちにも伝えれる事は伝えていきたい(๑>◡<๑) 皆さんもまだ大丈夫と思わず 一度終活という話を聞いてみてくださいね。 改めて考え見つめ直す時間ができると思います。 今後家事代行のみならず、終活のサポートとしてもお手伝いさせていただきたいと思います(^^)